巷のジャズ通やファンが「ジャズってどんな音楽?」って聴かれた時に「んだね、そうだね、ジャズって音楽は…」なんて簡単に一口では表せない音楽だ、ということにハタと気が付いてヤタラと困ってしまい「ウ〜ム」とウナリながら「お前ナ、ジャズはクラシック音楽と比べるとたかが100年、されど100年と言ってその変革、発展史は、もう大変なものとなって簡単には説明できネーンダヨ。お前、その意味分かるかい?」となって聴いた当人も言った本人もなにが何だかコンガラガッテしまいニッコリ してしまうのだ。
この「ニッコリ」という表現もジャズ仲間では良く使われた言葉であったらしく、間のわるい時とか、楽器が故障した時とか、演奏に進退きわまった時とかのその困惑ぶりをみて「どったの?ニッコリかい?」とこれだけの言葉で表してしまう、ということ自体なんともニッコリしてしまうではないか。
で、話は「俺、スイングって言われてるジャズが好きなんだけど、どお言ったらいいのかな」なんて言う質問にはジャズの一部分を指しているのでわりと立ち話的に答えられるのだけれど、まとめてジャズってどんな?と聴かれると、立ち話も出来ないし、お茶を飲みながら、というのも「ウーム、どうも」となってきて、巷のジャズ通は「よくぞ聴いてくれた。これはやはり時間をかけてアルコール等を飲みながらでジックリと話そうヨ」と思ってしまうのだが、その辺のことはよく分からない。
「ジャズってなに?」の答え方にもいろいろな面があって、代表的なものとなってくると歴史的に説明するとか、ジャズの形態発展史的に説明するとかに分かれると思うのだけれど、まあこれもお互いにミックスしてしまうようになるのでは、と思ってしまう。
『旭ジャズまつり』の野外コンサートではコンサートが始まる前とか、ステージの転換の間にとか、ビール片手に何となく読んでもらおう、という事でサラーッと
「Wha't JAZZ Like?」をクックしてみよう。
このクックという言葉もジャズ仲間では作曲された曲をその通り演奏するのではなくて自分流にアレンジまたはアドリブして演奏することを言っていて、素材を使って料理する。これがクックするというまことに簡素にして的を得たジャズ言葉になっているのである。
と言う事で、時は1930年マフィアの撲滅に命をかけたFBIの捜査官エリオット・ネスは…じゃなかったジャズという音楽は、当初貧民クラスの黒人社会から発生した。それがニューオリンズの紅灯街や酒場で演奏されるようになったのだが、1917年紅灯街のストーリービル地区の閉鎖によりその音楽は徐々に各地に伝幡していくのであった。
その一つに禁酒法時代のシカゴに君臨していたアル・カポネがジャズの発展に大きく寄与していた事はじつに面白い事であった。ジャズといわれる音楽は作曲も大切なことであったが、演奏する ミュージシャンによっても大きく発展してきた音楽であった。
その音楽は即興演奏に多くを委ねられていることであった。(だんだん昔のテレビにあったアンタッチャブルのナレーションみたいになってきたゾ)ジャズ音楽を構成する要素はメロディー、ハーモニー、リズムが一体となって構成されるのであるが、音階や音楽の形式も重要な要素となっている。メロディーはジャズ音楽では特別な音階が使われそれはブルーノートと呼ばれた。この音階を使ったメロディーにハーモニで付けでいく。
すなわちコードだ。そしてリズムにはビートとシンコペーションの2つの要素がある。ビートがジャズの基本的なものとすれば、シンコペーションはジャズをさらにジャズっぽく響かせ、音楽はリズミックに聴こえるようになる。 シンコペーションとはどこにアクセントを付けるかということである。音楽の形式・フォームにはブルース、デキシー、チャールストン、スイング、バップ、クール、ハードバップ、ラテンジャズ等などさまざまな形式でジャズの要素を取入れて表現されている。
まだまだ説明しきれない所があるのだが、サラーっといこう。サラーっと。ジャズはこの三大要素を使って踊る音楽から観賞用音楽に変化し、ミュージシャンのテクニックの面でもまた音楽的な面でも進歩して、単純なものから徐々に複雑な様式を伴った音楽に変容してきているのであった。

今日的なジャズの終結は、時は2001年7月28日、横浜は旭区のボランティア活動による『'01旭ジャズまつり』に表われているのであった。とまあこうなるのだが、何だかんだといっても要は聴く者にとってややこしい事はヌキにしてどんなスタイルのジャズであれ自分が心地よくアルコールと共に楽しめるジャズミュージックであればいいのではなかろうか、もうすでに五臓六腑にアルコールと共にジャズの要素がしぜーんに入り込んでいるのだから、と思うのでありました。
記:旭JAZZまつり実行委員 サニー  (2001年旭ジャズまつりプログラムより転載)
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